東陽片岡インタビュー9 – おスケベデリヘル店の店長はもうこりごりの巻

インタビューの最終回は、フーゾクライター「なめだるま親方」こと島本慶氏のお誘いで店長に就任したおスケベデリヘル店「エステde片岡」のお話。また、秋田ぶるうすのウリである「スーパーカラオケ」についても語っていただきました。【インタビュー目次

 

――2012年4月に熟女デリヘル店「エステde片岡」が開店しましたね。この風俗店は忙しかったですか?
東陽 いや、全然電話が鳴んないのよ。これ、原因はよくわかってたんだ。知り合いのツテでマスコミをメインに広告やお風俗店の記事を出してもらったんだけど、結局駄目なんだよね。やっぱり、専門サイトに大きい広告出さないと難しいんだ。だけど、その予算が無かった。あとホームページも良くなかった。大失敗したよ。

――お店の場所は?
東陽 歌舞伎町2丁目だね。

――女性達はちゃんと出勤してくれてたんですか?
東陽 初めの頃はね。ただ、徐々に電話が鳴らなくなると、もうお姉ちゃん達を待機させるほどこっちも余力がなくなる。余力がないってのはどういうことかというと、待機所にいても電話が鳴らなくて、お茶挽きで、お客さん誰もいない状態で帰るでしょ、そうすると、電車代とか最大限払わないとまずいわけですよ。そういう余力もなかったからね。

――在籍人数は?
東陽 いちおう、6人ぐらい在籍してたかな。なおかつインチキで架空のお姉さんの写真も載っけるわけですよ。

――お姉さんの年齢層は40代以上?
東陽 そうだね。大体最後の頃は、50代の人がほとんどだったけど。あと、お客さんの関心を向けてもらうために、若いお姉ちゃんのAV女優をアルバムに載っけて、「レア出勤につき、出勤日確定したらお知らせします」みたいな、そういう思わせぶりの書き方をしてたね。それは、実際にお姉さんにOK もらってやったけど、それでも電話が鳴らないのよ。

――やってみて色々学んだところはあるって感じですかね
東陽 まぁそうだね。だけど、もう二度とやりたくない。女の子の管理が大変なんだよ。

――「エステde片岡」は、1年持たず 11月30日に閉店と
東陽 儚いお風俗業だったよ。

熟女デリヘル店がツブレて、事務所を引き払うところ。

――スナックのお話を聞きたいんですけど、最初に雇われマスターをやってみないかと声がかかったのはどこだったんですか?
東陽 四谷3丁目交差点角のビルの3階にある「高樹」だね。

――それはいつ頃?
東陽 熟女デリヘル店を2012年11月30日に閉めて、それからちょっとぶらぶらして年越して、2013年4月下旬の連休の始まり頃だな。その頃、「高樹」は12時に閉めてたのが、ママが「深夜営業もして、少し頑張ろうかしら」なんて、いい始めてね。「誰かいい人いないかしら?」なんて言うもんだから「やろうか?」なんて、つい言っちゃった。その頃、夜は暇だったからね。そんな軽い会話から始まったのよ。

――自分でもちょっと興味があったんですか?
東陽 そういうことだね。ただ、自分の好きな世界を仕事にしちゃだめだよね(笑)今もやって良かったとは思ってるけど、前ほど おスナック飲みに行かないしね。本業にしちゃうと純粋に楽しめないっていうかね。

――「高樹」での雇われマスターはどれくらいやられたんですか?
東陽 2年半だね。

――長く続いたんですね
東陽 わりとね。お客さんも来てくれてママも喜んでくれてたと思うよ。ママはもう死んじゃったけどね。

――で、またその次がある?
東陽 その次はここ(秋田ぶるうす)だよ。雇われマスターを辞めるちょっと前にうちのオーナーの純さんが、新高円寺に昼カラのお店出してて、純さんはそっちに行ってたんだけど、ここ(荒木町)の物件が空いてたの。で、「空いてるからどうよ?」っていうから、「いいすか?」って、軽い感じで始めて、もう今年(2021年)で7年目だよ。長いよね。

――ここは居抜きなんです?
東陽 そう、居抜きだね。

――このビル、ほとんどスナックですもんね
東陽 そうそう。前のお店の人がかなり金かけて、全部の内装やってね。内装工事の人に聞いたら、1千万かかったって。だから、ここは相当作りがいいと思うんですよ。

――スーパーカラオケが売りですが、そのスーパーの意味を教えてもらえますか
東陽 純さん、本人も音楽業界に身を置いてて音響にこだわってるんだよね。だから、スピーカーとかいいの使ってるんですよ。

――スピーカーはBOSEですね
東陽 あと、マイクもさ、今は無線でもかなり性能良くなったけど、無線よりコード式が圧倒的に音がいい。それで、アメリカ製のShureっていうライブハウスでもよく使ってるような音の入りのいいマイクを使ってる。純さんの時代は、ボリュームを目一杯上げてやってたのよ、凄まじい音で。そうすると、カラオケかかってる間、うるさすぎて話ができないの。昔はそれを自慢にしてたんだけどね。おれも、その頃から飲みに来てたから、その良さはわかってるけど、大音響で歌うとね、ステージで歌ってるような気分になるのよ。だけど、それだとお客さんも話ができないから、ずっと気になってた。今は若干絞って営業してるけど、それでも他のおスナックに比べて、うちはボリューム大きい方だね。

――ムード歌謡がほぼ絶滅しつつありますね
東陽 そうでしょ。

――「純烈」はムード歌謡なんですか?
東陽 あのね、おムード歌謡のジャンルに「純烈」も入るんだけど、俺としては、あれはJ-POPだと思う。なんでかっていうと、踊りながら歌うでしょ。おムード歌謡はね、歌手の皆さんは、おおむね直立不動。リズムを取るのに体を揺らす程度。そういう感じなんですよ。

――最近、お客さんのカラオケはどうですか?
東陽 しっとり歌ってくれりゃいいんだけど、絶叫するお客さんがいるから、これが困っちゃうんだ。みんな日常のストレスが溜まってるからしょうがないんだけどね。おれも絶叫して歌ってた時期があったからよくわかるけど、40過ぎたら、しんみりとカラオケは歌ったほうがいいよね。

――東陽さんがスナックに通い出した頃と比べてスナック業界は変化してきてますか
東陽 いわゆる世間で言われてる「ニューおスナック」って言うジャンルが出てきたね。ようするに世代交代だよ。若いお客さん、若いマスターやママのお店が徐々に増えてきた。昔は団塊世代的な人たちの歌はほとんど石原裕次郎。あと、おムード歌謡の東京ロマンチカ、ロスプリモス、クールファイブとか。そういう世界がガラッと変わっちゃった。お客さんが、J-POP歌ったり、客層が変わって、お店の人も変わったんだよね。その辺、俺は昔の世代だから寂しいよね。だけど、しょうがないんだよ。

 

取材日:2021年4月6日
場所:秋田ぶるうす

 

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